エコシステムを基盤とした気候変動適応(EbA)および防災・減災(Eco-DRR)

気候変動の影響は予測よりも早期かつ頻繁に発生しており、洪水、干魃、熱波、嵐の激化は経済的損失の主要な要因となっている。2017年における米国での気象・気候災害による経済的コストは、推定3,060億ドルに達した。これに対し、生物多様性と生態系サービスを活用して気候変動の影響への適応を支援する「生態系を基盤とした適応(EbA: Ecosystem-based Approaches for Climate Adaptation)」および「生態系を基盤とした防災・減災(Eco-DRR: Ecosystem-based Disaster Risk Reduction)」が、リスク管理において大きな注目を集めている。

これらのアプローチは、従来の人工的なインフラ(ハード・オプション)と比較して、費用対効果が高く、持続可能な開発目標(SDGs)やパリ協定などの国際的な枠組みとも整合している。

1. EbAおよびEco-DRRの定義と重要性

1.1 基本定義

  • 生態系を基盤とした適応 (EbA): 気候変動の悪影響に対して人々が適応するのを助けるため、全体的な適応戦略の一環として生物多様性と生態系サービスを利用すること。
  • 生態系を基盤とした防災・減災 (Eco-DRR): 災害リスクを軽減し、持続可能でレジリエントな開発を達成することを目的とした、生態系の持続可能な管理、保全、および回復。

1.2 多角的な利益と費用対効果

EbAとEco-DRRは、適応と防災以外にも多くの環境的、経済的、社会的利益をもたらす「後悔の少ない(low-regrets)」あるいは「後悔のない(no-regrets)」選択肢である。

  • 経済的優位性: 生態系回復の投資回収率は、文脈により3〜75倍に達する場合がある。
    • 例: ベトナムの事例では、マングローブの再生によるリスク軽減と天然資源利用の便益は20年間で230万人ドルと推定され、堤防建設(50万ドル)を大幅に上回る。
  • インフラの補完: 既存の人工構造物の寿命を延ばす(例:防波堤に隣接する塩性湿地の再生)。
  • 気候変動の緩和: 森林、沿岸植生、泥炭地の保全・回復を通じた炭素隔離の促進。
  • 生活の質: 都市の緑地提供によるヒートアイランド現象の緩和や、人々の心身の健康向上。

2. 政策的背景と国際的枠組み

EbAとEco-DRRは、以下の主要な国際協定において強力に支持されている。

枠組み関連内容
パリ協定緩和と適応の両面で生態系と生物多様性の完全性を保護することを認識。
持続可能な開発目標 (SDGs)SDG 13(気候行動)、SDG 11(持続可能な都市)、SDG 15(陸域生態系)等に直結。
仙台防災枠組 2015-2030レジリエンス構築とリスク軽減のために生態系を基盤としたアプローチを優先。
生物多様性条約 (CBD)愛知目標の達成や、気候変動適応策としての生態系アプローチを奨励。
ラムサール条約湿地を活用した防災・減災と気候変動適応の統合を促進。

3. EbAおよびEco-DRRの12原則

効果的な実施のために、以下の12の原則が指針として提示されている。

レジリエンスと適応能力の構築

  • 4つの礎石: 人々と生態系の脆弱性軽減、現在および将来のリスクへの対応、生態系機能の維持、社会的利益と生物多様性向上の生成。
  • 包括的戦略: 全体的な適応・防災戦略の一環として、あらゆる生態系アプローチを検討する。
  • Build Back Better: 災害後の復旧を、適応能力とレジリエンスを高める機会として利用する。
  • 予防的アプローチ: 科学的不確実性がある場合でも、重大な損失を防ぐための措置を遅らせない。

包摂性と公平性の確保

  • 参加型プロセス: 先住民や地域コミュニティ、女性、若者、高齢者の透明性の高い参加を確保する。
  • 脆弱なグループの優先: 気候変動や災害の影響を不当に受けるリスクのある層を優先的に対象とする。

多層的なスケールの考慮

  • 適切な時空間スケール: 利益が長期・広域にわたることを認識し、適切な規模で設計する。
  • 分野横断的協力: セクター間の連携、利害関係者間の調整を行う。

効果と効率の追求

  • 証拠に基づく実施: 最善の科学、データ、および先住民の伝統的知識を活用する。
  • 適応的管理: モニタリングと評価を通じて能動的な学習と管理を行う。
  • トレードオフの評価: 介入の限界を特定し、潜在的なトレードオフを最小化する。
  • シナジーの最大化: 生物多様性、ジェンダー平等、持続可能な開発など、複数の便益間の相乗効果を図る。

4. 環境・社会セーフガード

不利益を回避し、透明性を高めるための9つのセーフガードが規定されている。

  • 生物多様性と生態系の保護:
    • 環境影響評価: 設計の初期段階で実施し、ライフサイクルを通じて監視する。
    • リスク移転の防止: ある地域やグループのリスクを他へ転嫁しない。
    • 害の防止: 外来種の導入を避け、天然生息地の劣化を防止する。
    • 持続可能な資源利用: エネルギー効率を最大化し、資源使用を最小化する。
  • 包摂性の確保:
    • 能動的参加: 地域住民や先住民のインフォームド・コンセント(情報の提供に基づく合意)に基づく関与。
    • 最善の証拠の利用: 科学と地域知識を統合し、予期せぬ結果を最小化する。
    • 公平な利益配分: 既存の不平等を悪化させず、脆弱な層へのアクセスを確保する。
  • 権利の保護:
    • 透明なガバナンス: 情報へのアクセス権をサポートする。
    • 先住民の権利尊重: 物理的・文化的遺産へのアクセスや利用の権利を尊重する。

5. 実施のステップ:ガイドライン

計画と実施は反復的なプロセスであり、以下のステップで構成される。

ステップA:社会生態系・景観の把握

  • 目的: ターゲットとなる生態系と人々の相互依存関係を理解し、ベースラインを確立する。
  • 主要行動: 景観(山から海まで)の境界定義、利害関係者分析、政策的なエントリーポイントの特定。

ステップB:リスクと脆弱性の評価

  • 目的: 気候変動が社会生態系に与える主要なリスク(ハザード、暴露、脆弱性)を特定する。
  • 主要行動: 科学的モデルと伝統的知識の統合、ハザード・リスクマップの作成、ジェンダー分析。

ステップC:オプションの特定

  • 目的: 脆弱性を軽減し適応能力を高めるための戦略を策定する。
  • 主要行動: 既存の対処戦略の検証、地域・世帯レベルから景観レベルまでの戦略策定。

ステップD:優先順位付けと選定

  • 目的: 特定されたオプションの中から、最適なものを評価・選択する。
  • 主要行動: 多基準分析(MCA)や費用対効果分析(CEA)を用いた評価、トレードオフの検討。

オプション評価手法の比較

手法特徴利点
多基準分析 (MCA)定性的手法に基づくランキング。定量的データが不足していても実施可能。
費用対効果分析 (CEA)最小コストで特定の目的を達成する手法。明確な目標がある場合に有用。
シナリオに基づく費用便益分析 (SBCBA)異なる将来シナリオ下でのコストと便益を評価。不確実性を考慮でき、非専門家にも分かりやすい。
ロバストな意思決定 (RDM)あらゆる将来の状態にわたってロバストな介入を特定。「深い不確実性」に対応可能。

ステップE:プロジェクト設計と実施

  • 目的: 選定された介入を原則とセーフガードに従って実行する。
  • 主要行動: 作業計画の策定、技術・資金要件の決定、分野横断的・越境的な協力体制の構築。