生物多様性の保全やネイチャーポジティブを掲げる企業・自治体が増えるなか、取り組みの成果を客観的に示す「生物多様性の定量評価」が重要になっています。
しかし、生物多様性には遺伝子、種、生態系という複数の階層があり、気候変動における温室効果ガス排出量のような、単一かつ世界共通の尺度は確立されていません。
種数や個体数を現地で調べる方法、生息地の面積と質を評価する方法、絶滅リスクを評価する方法、企業活動やサプライチェーンの影響をモデルで推定する方法など、目的によって適切な手法は異なります。
本記事では、国内外で利用されている主要な評価手法・指標を、用途や特徴、留意点、出典とともに整理します。
本記事の情報は2026年8月時点の公開情報に基づいています。制度・ガイドライン・算定モデルは更新されることがあるため、実際の適用時には各運営機関の最新版をご確認ください。
目次
- 生物多様性の定量評価とは
- 評価手法を選ぶ際のポイント
- 国内の評価手法・制度
- 種・個体群・群集の評価指標
- 生息地・生態系の国際評価手法
- 企業・サプライチェーン・金融向け手法
- データ取得・モニタリング技術
- 評価・開示を支える枠組み
- 用途別の選択方法
- NbS事業で推奨される基本構成
- 参考文献・更新履歴
1. 生物多様性の定量評価とは
生物多様性の定量評価とは、生物や生態系の状態、人間活動による影響、保全・再生による変化を、数値や一定の判定基準で把握することです。
主な評価対象は、次のように整理できます。
遺伝的多様性
同じ種のなかに存在する遺伝的な違いを評価します。
遺伝的多様性が高い個体群は、環境変化や病気に対応できる可能性が高いと考えられます。代表的な指標には、アレル数、ヘテロ接合度、近交係数、有効集団サイズなどがあります。
種の多様性
地域に存在する種の数、それぞれの個体数、希少性、種構成などを評価します。
種数だけでなく、特定の種に個体数が偏っていないか、在来種と外来種の構成がどうなっているか、絶滅危惧種が生息しているかなども重要です。
生態系の多様性
森林、湿地、草地、河川、干潟、藻場など、生態系の種類、面積、状態、連結性、機能を評価します。
同じ面積の森林でも、在来種で構成された成熟林と、単一樹種の若齢人工林では、生物多様性上の価値が異なる場合があります。そのため、面積だけでなく「質」の評価が必要です。
人間活動による圧力
土地利用の改変、資源採取、気候変動、汚染、外来種など、生物多様性を損なう要因を定量化します。
企業・金融向けのフットプリント手法では、事業活動やサプライチェーンから発生するこれらの圧力を、生物多様性への影響量へ変換します。
保全・再生による効果
自然再生、緑地管理、脅威の除去、生息地の創出などによって、どれだけ状態が改善したかを評価します。
成果を適切に評価するには、単純な事業前後の比較だけでなく、「事業を実施しなかった場合」の状態を表す反実仮想ベースラインの設定も重要です。
2. 評価手法を選ぶ際のポイント
生物多様性を一つの指標だけで完全に評価することは困難です。手法を選ぶ際は、少なくとも次の点を確認します。
評価目的を明確にする
最初に、何のために評価するのかを明確にします。
- 事業による自然への影響を把握する
- 保全・再生事業の成果を測定する
- 開発前後の生物多様性を比較する
- 自然共生サイトのモニタリングを行う
- TNFDなどの情報開示に使用する
- サプライチェーン全体の影響を把握する
- 投融資ポートフォリオを比較する
- 国や自治体の政策目標を管理する
目的が異なれば、必要な空間解像度、評価単位、調査頻度も異なります。
評価範囲を決める
評価範囲には、敷地、流域、景観、自治体、国、サプライチェーンなどがあります。
敷地単位の自然再生では現地調査が重要ですが、企業全体や金融ポートフォリオでは、モデルによる広域的な推計が必要になります。
ベースラインを設定する
変化量を評価するためには、比較基準が必要です。
代表的なベースラインには、次のものがあります。
- 事業実施前
- 現在の状態
- 人為的な影響が小さい参照地点
- 過去の自然状態
- 事業を実施しなかった場合の将来状態
- 法令や地域計画が定める目標状態
ベースラインの違いによって評価結果が大きく変わるため、算定結果とともに設定根拠を開示する必要があります。
面積だけでなく質を評価する
緑地や森林の面積が増えても、在来種が少ない、外来種が優占している、生息地が分断されているといった場合には、生物多様性が改善したとは限りません。
面積に加えて、次の要素を確認します。
- 在来種の割合
- 希少種・指標種の生息状況
- 植生の階層構造
- 生息地の連結性
- 水質・土壌等の環境条件
- 外来種や汚染などの圧力
- 生態系の機能
- 管理の継続性
状態・圧力・対応を区別する
指標は大きく次の3種類に分けられます。
- 状態指標:種数、個体数、生息地面積、生態系の状態など
- 圧力指標:土地改変、汚染、水利用、資源採取、外来種など
- 対応指標:保全面積、管理活動、投入資金、モニタリング回数など
活動回数や植樹本数が増えても、生物多様性の状態が改善したとは限りません。取り組みの実施量だけでなく、状態・成果を測る指標を併用する必要があります。
単一スコアの限界を理解する
統合スコアは、事業やポートフォリオを比較しやすいという利点があります。一方、スコアを集約する過程で、希少種の消失や地域固有の生態系の変化が見えにくくなることがあります。
統合スコアを使用する場合も、元となる種、生息地、圧力別の内訳を確認することが重要です。
3. 国内の評価手法・制度
国内では、事業地のハビタットを定量化する手法、企業緑地の認証、全国的な長期モニタリングなどが運用されています。
| 手法・制度 | 評価対象・算定内容 | 主な用途 | 特徴・留意点 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| JHEP(ハビタット評価認証制度) | ハビタットの質、面積、時間から生物多様性価値を算定し、事業実施の有無による将来シナリオを比較 | 開発、緑地整備、森林整備、自然再生、ビオトープ | 国内の事業前後・将来比較に適する。対象種、基準年、予測条件に結果が左右される | 日本生態系協会・JHEP、JHEPガイドライン |
| HEP/HSIの国内適用 | 環境条件をSIに変換し、複数のSIからHSIを0~1で算定。HSIと面積からHUを算出し、必要に応じて時間軸を加える | 環境影響評価、河川、道路、都市開発、自然再生 | 米国で開発されたHEPを国内に適用。対象種とHSIモデルの妥当性確認が必要 | 環境アセスメント学会・HSIモデル、田中ほか(2008)国内適用事例、田中(2002)HEPの評価構造 |
| 自然共生サイトの生物多様性価値評価 | 生態系の代表性・希少性、種の生息状況、連結性、管理効果などを複数の観点から評価 | OECM、30by30、地域生物多様性増進活動 | 認定制度であり、すべてを単一スコアに換算するものではない | 環境省・自然共生サイト |
| 自然共生サイト・モニタリング手法 | 植生、植物、鳥類、哺乳類、昆虫、水生生物等の種数、個体数、被度、出現状況を調査 | サイトのベースライン把握、活動効果の確認 | 生態系タイプと活動目的に応じて手法を選択する | 環境省・地域生物多様性増進活動手引き等 |
| 指標昆虫モニタリング | 指定された昆虫の確認種数・出現状況を記録 | 自然共生サイト、企業緑地、里地里山 | 市民参加型調査に適するが、昆虫以外の分類群を直接評価するものではない | 環境省・指標昆虫モニタリング資料 |
| ABINC認証 | 緑地の量・質、地域性、希少種、生態系ネットワーク、管理、モニタリング等を採点 | オフィス、集合住宅、商業・物流施設 | 生態学的状態に加え、整備・管理・コミュニケーションも評価する | いきもの共生事業推進協議会・ABINC |
| JBIB土地利用関連ツール | 企業敷地の生物多様性配慮を複数項目で評価 | 企業緑地の自己診断、改善計画 | 管理状況の診断に向くが、種・個体群の実測値とは区別が必要 | JBIB、ABINC・制度開発経緯 |
| CASBEE-不動産等の生物多様性項目 | 緑地、生態系ネットワーク、外来種対策、地域性種苗、維持管理等を採点 | 建築・不動産の環境性能評価 | 建築物の総合評価の一部。リンク資料は2016年版であり、適用時には最新版の確認が必要 | IBEC・CASBEE-不動産2016年版 |
| SEGES | 緑地の保全・創出、継続性、管理、社会・環境への貢献を総合評価 | 企業緑地、都市緑地 | 緑地管理や社会的利用も含む認証で、純粋な生態学的成果指標ではない | 都市緑化機構・SEGES |
| JBO | 種、生態系、損失要因、生態系サービスに関する多数の指標を総合評価 | 国レベルの政策評価、長期トレンド把握 | 個別サイトや事業を単一スコアで評価する手法ではない | 環境省・JBO、JBO2 |
| モニタリングサイト1000 | 生態系別に種数、個体数、被度、分布、繁殖状況等を長期観測 | 国・地域の長期変化、参照データ | 高山、森林、里地、陸水、沿岸、サンゴ礁等で調査法が異なる | 環境省・モニタリングサイト1000 |
| 自然環境保全基礎調査 | 植生、動植物分布、自然度、土地改変等を地図・GISデータとして整備 | 全国・地域のベースライン、空間評価 | 調査年代、更新頻度、空間解像度に注意する | 環境省・自然環境保全基礎調査 |
| 河川水辺の国勢調査 | 魚類、底生動物、植物、鳥類、両生類・爬虫類・哺乳類、昆虫等を継続調査 | 河川管理、河川環境・河川NbSの評価 | 調査時期、流況、調査努力をそろえた比較が必要 | 国土交通省・河川水辺の国勢調査 |
| 全国水生生物調査 | 指標生物の出現状況から河川の水質階級を判定 | 河川環境、市民参加型モニタリング | 主に水質を反映する指標で、生物多様性全体の評価ではない | 環境省・全国水生生物調査 |
| 環境DNA調査 | 水・土壌等に含まれるDNAから種の在・不在、検出頻度、群集構成等を把握 | 魚類、水生生物、希少種、外来種の調査 | DNA量と個体数は必ずしも比例しない。採取・保存・分析条件の標準化が必要 | 環境DNA学会・調査実験マニュアル |
| 環境省・生物多様性の価値評価手法 | 生物多様性の状態・変化を定量的かつ検証可能な方法で評価する共通制度を検討 | 自然共生サイト、自治体目標、企業評価、将来のクレジット等 | 2026年時点では基本的な考え方・要件を検討している段階 | 環境省・生物多様性の価値評価 |
4. 種・個体群・群集の評価指標
現地調査で得られたデータは、種数や多様度指数、個体数推定、占有率などの指標へ変換できます。
| 手法・指標 | 算定・評価内容 | 主な用途 | 特徴・留意点 | 出典 |
| 種数 | 調査地点・地域で確認された種の総数 | 基礎調査、地点・時点比較 | 面積、調査努力、季節の影響が大きく、希少種と普通種を区別しない | Gotelli & Colwell, 2001 |
| Shannon指数 | 種数と個体数の均等度を統合 | 群集多様性の比較 | 数値の生態学的意味が直感的でないため、種数等との併記が望ましい | Shannon, 1948 |
| Simpson指数 | 個体が特定種に集中する程度から多様性・優占度を評価 | 群集構造の比較 | 普通種・優占種の影響が大きく、希少種への感度は相対的に低い | Simpson, 1949 |
| Hill numbers | 種数、Shannon、Simpsonを「有効種数」として統一 | 指標間・群集間比較 | q値によって希少種と優占種の重みが変わる | Hill, 1973、Jost, 2006 |
| α・β・γ多様性 | 地点内、地点間、地域全体の多様性を区分して評価 | 景観・流域・地域評価 | 空間単位と調査努力の統一が必要 | Whittaker, 1972 |
| Occupancy model | 不検出を補正し、種が地点を利用・占有している確率を推定 | 希少種、広域モニタリング | 同一地点での反復調査が必要 | MacKenzie et al., 2002 |
| N-mixture model | 反復カウントから検出されなかった個体を補正し、個体数を推定 | 鳥類、哺乳類等 | 個体群閉鎖性や独立性などの仮定を確認する必要がある | Royle, 2004 |
| 距離標本法 | 観察距離に伴う検出率低下を補正し、密度・個体数を推定 | 鳥類、哺乳類、海棲動物 | 初期位置、距離測定、調査経路の設定が重要 | Distance Sampling公式サイト |
| Living Planet Index | 脊椎動物個体群の時系列変化を集約 | 世界・国・地域の個体群トレンド | 脊椎動物中心で、地域・分類群によるデータ偏在がある | Living Planet Index、CBD・GBF指標体系 |
| Red List Index | レッドリストカテゴリーの真の変化から絶滅リスク傾向を指数化 | 世界・国レベルの政策評価 | 短期間・小規模サイトの変化には反応しにくい | CBD・RLI指標メタデータ |
| STAR | 特定地点での脅威削減・生息地再生が、世界的な絶滅リスク低減に寄与する可能性を算定 | 保全投資、サイト選定、目標設定 | IUCNレッドリストの分布・脅威情報を利用。現地データによる補正が望ましい | IUCN・STAR、Mair et al., 2021 |
種数や多様度指数を比較するときは、調査面積、調査時間、季節、調査回数、調査者の技能を可能な限り統一します。条件を統一できない場合は、検出確率や調査努力を補正する統計手法を検討します。
5. 生息地・生態系の国際評価手法
生息地・生態系の評価では、面積だけでなく、状態、希少性、連結性、人為的圧力などを組み合わせます。
| 手法・指標 | 算定・評価内容 | 主な用途 | 特徴・留意点 | 出典 |
| HEP | HSIと面積からHUを算定し、必要に応じて時間軸を含む累積HUを比較 | 開発影響、自然再生、代償措置 | 対象種とHSIモデルの選定に依存する | USFWS・Habitat Evaluation Procedures |
| Habitat Hectares | 参照植生に対する生息地の状態と面積を組み合わせる | オーストラリアの植生評価、オフセット | 地域固有の植生ベンチマークが必要 | Parkes et al., 2003 |
| 英国Statutory Biodiversity Metric | 生息地面積、状態、タイプ、戦略的重要性等からBiodiversity Unitsを算定 | Biodiversity Net Gain、開発、オフセット | イングランドの生息地分類・法制度を前提とする | 英国政府・Statutory Biodiversity Metric |
| Biodiversity Intactness Index | 人為影響前と比較し、残存する在来種の個体数と群集構成を百分率で推定 | 国・地域、企業保有地、将来シナリオ | モデル推定であり、小規模サイトでは現地調査との併用が必要 | 英国自然史博物館・BII |
| Mean Species Abundance | 自然状態を基準とした在来種の平均個体数比率を0~1で表現 | 生態系完全性、広域評価、フットプリント | 同じMSAでも実際の種構成や減少パターンが異なる可能性がある | GLOBIO・MSA |
| GLOBIO | 土地利用、道路、分断、狩猟、窒素沈着、気候変動等からMSAを空間推定 | 国・地域評価、将来シナリオ | 局所的な希少種・固有種の状態を十分に表現しない場合がある | GLOBIO公式説明、PBL技術資料 |
| Ecosystem Extent Account | 生態系タイプ別の面積と面積変化を勘定化 | 国土、流域、生態系勘定 | 面積だけでは生態系の質を表せない | 国連・SEEA Ecosystem Accounting |
| Ecosystem Condition Account | 生態系の組成、構造、機能、景観特性を参照状態と比較 | 生態系勘定、自然再生評価 | 生態系タイプ別の参照値と指標設定が必要 | 国連・SEEA Ecosystem Accounting |
| IUCN Red List of Ecosystems | 分布縮小、環境劣化、生物過程の攪乱、崩壊確率を評価 | 生態系の崩壊リスク評価 | 生態系分類と長期データが必要 | IUCN Red List of Ecosystems |
| Red List Index of Ecosystems | 複数生態系の崩壊リスクカテゴリーの変化を0~1で集約 | 国・地域・世界の傾向評価 | Red List評価済みの生態系に対象が限られる | CBD・GBF指標メタデータ |
| Index of Biotic Integrity | 種組成、耐性種、栄養段階、個体状態等を複合得点化 | 河川、湖沼、湿地の健全性評価 | 地域・水域別の参照条件と採点基準が必要 | Karr, 1981 |
| 景観連結性指標 | パッチ面積、距離、分断度、抵抗面、移動可能性等を定量化 | 生態系ネットワーク、回廊、土地利用計画 | 対象種ごとの実際の移動特性による検証が必要 | Saura & Pascual-Hortal, 2007 |
| Essential Biodiversity Variables | 遺伝、種個体群、形質、群集、生態系構造・機能に必要な観測変数を体系化 | モニタリング設計、国際比較 | 単一指標ではなく、観測変数を標準化する枠組み | GEO BON・EBV Strategy |
6. 企業・サプライチェーン・金融向け手法
企業や金融機関が扱う対象は、多数の事業所、調達先、投融資先に及びます。そのため、すべてを現地調査するのではなく、事業活動や経済データから生物多様性への影響をモデル推計する手法が使われます。
| 手法・標準 | 評価内容・主な単位 | 主な用途 | 特徴・留意点 | 出典 |
| Global Biodiversity Score | 経済活動が生む圧力をMSA・km²等へ変換 | 企業・金融機関の直接操業、サプライチェーン | 活動量・圧力・GLOBIO等を用いたモデル推計で、現地種調査とは異なる | CDC Biodiversité・GBS、GBS技術資料 |
| Corporate Biodiversity Footprint | 企業活動による生物多様性影響をMSA・km²等で推定 | 企業、金融ポートフォリオ | バリューチェーンを含むモデル評価。企業別実測データの有無で精度が変わる | Iceberg Data Lab・CBF Methodological Guide、公式ページ |
| Biodiversity Footprint for Financial Institutions | 投融資先の経済活動、環境圧力、生物多様性影響を結び付ける | 融資・投資ポートフォリオ | 投融資先への影響帰属方法に結果が左右される | BFFI Methodological Guidance、Finance for Biodiversity Foundation |
| Product Biodiversity Footprint | 製品ライフサイクルの影響を、LCAと生態学的情報を組み合わせて評価 | 製品比較、調達、エコデザイン | 製品と比較対象の設定、LCA・原産地データの精度が重要 | I Care・PBF/SBF説明資料、EU Business & Biodiversity Platform・手法評価 |
| Biodiversity Impact Metric | 原材料量、土地面積、地域の生物多様性重要度、生産影響等を統合 | 農産物・原材料のサプライチェーン | 土地利用型の影響、特に農業原材料に重点がある | Cambridge CISL・関連資料 |
| LIFE Methodology | 組織の環境圧力と生物多様性保全行動を評価 | 企業管理、改善、認証 | 組織管理や保全行動も含み、必要なデータが比較的多い | LIFE Institute・技術資料 |
| ReCiPe | 土地利用、気候変動、毒性等を種・年などの影響量へ変換 | 製品・サービスのLCA | 地域の希少種や個別保全成果の確認には不向き | RIVM・ReCiPe |
| LC-IMPACT | 土地利用、水利用、気候等の影響を地域差を考慮して評価 | LCA、製品・サプライチェーン | インベントリデータと地域情報の精度に依存する | LC-IMPACT公式サイト |
| PBAF Standard | 金融機関の生物多様性フットプリント算定・開示の手順、要件、推奨事項を規定 | 融資・投資ポートフォリオ | PBAF自体が単一スコアを計算するモデルではない | PBAF公式サイト、PBAF Footprinting Standard |
企業全体のフットプリント手法は、影響が大きい事業、地域、原材料、投融資先を絞り込むスクリーニングに有効です。
一方、モデルの結果だけで個別サイトの保全成果を証明することは困難です。重要拠点では、現地の種・生息地データを組み合わせることが望まれます。
7. データ取得・モニタリング技術
定量指標を算出するためには、信頼できるデータが必要です。代表的な調査・モニタリング技術を整理します。
| 調査技術 | 得られる主な数値 | 特徴・留意点 | 出典 |
| コドラート・ベルトトランセクト | 種数、個体数、密度、出現頻度、植被率、バイオマス | 調査面積、配置、季節、調査努力を統一する | Bonham, Measurements for Terrestrial Vegetation |
| ライントランセクト・ポイントセンサス | 種数、観察数、密度、出現頻度 | 観察距離、時間帯、天候、観察者差を管理する | Distance Sampling公式サイト |
| カメラトラップ | 撮影頻度、占有率、活動時間、条件付き個体密度 | 撮影頻度をそのまま個体数と解釈しない | WWF・Camera-trapping guide |
| 自動録音・音響指数 | 鳥類、コウモリ、昆虫等の検出種数、鳴き声頻度、音響多様性 | 騒音、録音機器、識別モデルの精度に影響される | Sueur et al., 2014 |
| 環境DNA・メタバーコーディング | 在・不在、検出種数、群集構成、検出頻度 | 偽陽性・偽陰性、採取・保存・分析条件に注意する | 環境DNA学会・マニュアル、Bohmann et al., 2014 |
| 標識再捕獲 | 個体数、生存率、加入率、移動率 | 個体識別、捕獲確率、個体群閉鎖性を考慮する | Williams et al., 2002 |
| ドローン・航空写真 | 生息地面積、植生被覆、樹冠、地形、変化量 | 解像度、撮影時期、画像分類精度を検証する | Anderson & Gaston, 2013 |
| LiDAR | 樹高、階層構造、樹冠密度、バイオマス、生息地複雑性 | 構造指標であり、種組成を直接示すわけではない | Lefsky et al., 2002 |
| 衛星リモートセンシング | 土地被覆、生息地面積、分断、NDVI、季節変動 | 種・個体群の確認には現地調査との併用が必要 | Pettorelli et al., 2014 |
| 集団遺伝解析 | アレル数、ヘテロ接合度、近交係数、集団間分化、有効集団サイズ | 十分な試料数と適切な遺伝マーカーが必要 | Frankham et al., Introduction to Conservation Genetics |
| 機能多様性分析 | Functional Richness、Evenness、Divergence、Dispersion | 使用する形質と標準化方法に結果が左右される | Villéger et al., 2008、Laliberté & Legendre, 2010 |
| 系統多様性分析 | Faith’s PD、平均系統距離、系統的独自性 | 系統樹の精度と分類群の網羅性が必要 | Faith, 1992 |
モニタリング設計で確認したい事項
調査技術の新しさだけでなく、継続的に比較できる設計が重要です。
- 調査地点を固定する
- 調査時期・時間帯をそろえる
- 調査面積・時間・回数を記録する
- 調査者や機材の違いを記録する
- 検出されなかったことと、本当に不在であることを区別する
- 気象、流量、管理作業などの条件を記録する
- 元データ、写真、音声、DNA分析情報を保存する
- 評価方法やモデルのバージョンを記録する
- 必要に応じて第三者が検証できる状態にする
8. 評価・開示を支える枠組み
以下は、評価や情報開示の進め方を示す枠組みです。それ自体が単一の生物多様性スコアを算出するわけではありません。
| 枠組み | 役割 | 定量評価との関係 | 出典 |
| TNFD・LEAP | 自然との接点、依存・影響、リスク・機会を特定・評価するプロセス | STAR、MSA、生息地面積、種データ等を目的に応じて使用する | TNFD・LEAP Guidance |
| SBTN | 企業が自然に関する科学的目標を評価・設定・実行・追跡する手順 | 圧力指標、状態指標、対応指標を組み合わせる | Science Based Targets Network |
| Natural Capital Protocol | 自然資本への依存・影響を意思決定へ組み込む枠組み | 物量、環境影響、金銭価値等の評価手法を目的別に選ぶ | Capitals Coalition・Natural Capital Protocol |
| SEEA Ecosystem Accounting | 生態系の面積、状態、生態系サービス、資産価値を統計勘定化 | Ecosystem Extent・Condition等の勘定を構築する | 国連・SEEA Ecosystem Accounting |
| IUCN NbS Global Standard | NbSの設計・実施・評価を複数基準で確認 | 生物多様性への正味の利益を示すモニタリング指標が別途必要 | IUCN Global Standard for NbS |
| 昆明・モントリオール生物多様性枠組の指標体系 | 国際目標の進捗をヘッドライン・構成・補完指標で測定 | RLI、生態系面積、保護地域等の国・地域指標を規定する | CBD・GBF Monitoring Framework |
「手法」と「枠組み」を区別する
TNFDに沿って情報開示を行っても、それだけで生物多様性が定量評価されたことにはなりません。
TNFDのLEAPアプローチを用いて重要な場所や依存・影響を特定し、その後、種数、占有率、生息地面積、STAR、MSA、JHEPなどから適切な指標を選択する、という関係になります。
同様に、SBTNは目標設定のプロセス、PBAFは金融機関向けの算定・開示標準であり、実際の影響量を計算するモデルとは区別する必要があります。
9. 用途別の選択方法
評価手法は、対象と目的に応じて組み合わせます。
| 評価目的 | 優先して検討する手法 | 補完したい評価 |
| 国内の開発・緑地整備の事前/事後比較 | JHEP、HEP/HSI、生息地面積・状態 | 種調査、連結性、希少種、外来種 |
| 自然共生サイトの効果測定 | 自然共生サイトのモニタリング手法、指標昆虫 | 種数、個体数、在来種率、生息地状態、連結性 |
| 河川・湿地のNbS | 河川水辺の国勢調査、IBI、環境DNA | 水質、流量、湿地面積、魚類・底生動物の占有率 |
| 森林・里山のNbS | 植生調査、種数、Hill numbers、鳥類・昆虫調査 | LiDAR、連結性、希少種、JHEP |
| 都市緑地 | JHEP、ABINC、SEGES、植生・昆虫・鳥類調査 | 緑地面積、在来種率、樹冠被覆、周辺緑地との連結性 |
| 希少種保全 | 個体数、占有率、繁殖成功率、HSI | STAR、遺伝的多様性、脅威の状態 |
| 国・自治体の長期評価 | JBO、モニタリングサイト1000、RLI、LPI | BII、生態系面積・状態、保護地域、連結性 |
| 企業の直接操業 | 現地モニタリング、STAR、JHEP、BII等 | TNFD・SBTNによる管理、圧力・対応指標 |
| サプライチェーン | GBS、PBF、BIM、ReCiPe、LC-IMPACT | 高影響地域・原材料の現地データ |
| 金融ポートフォリオ | GBS、CBF、BFFI | PBAFに沿った算定・開示、重要投融資先の詳細評価 |
| Biodiversity Net Gain・オフセット | 英国Statutory Biodiversity Metric、Habitat Hectares、JHEP等 | 追加性、永続性、リーケージ、希少種、実測モニタリング |
10.NbS事業で推奨される基本構成
森林、湿地、河川、沿岸、都市緑地などのNbS事業では、少なくとも次の構成を検討します。
(1) 生態系の面積と配置
- 生態系タイプ別面積
- 自然被覆率
- 生息地の分断度
- 周辺生息地との連結性
- バッファーや生態系ネットワークの状態
(2) 生態系の質
- 植生自然度
- 在来種率・外来種率
- 植生の階層構造
- 水質・土壌状態
- 生態系の機能
- 人為的な攪乱の程度
(3) 種・群集
- 種数
- Hill numbers等の多様度
- 希少種・指標種の確認状況
- 外来種・侵略的外来種の状況
- 群集構成の類似度・変化量
(4) 個体群
- 個体数・密度
- 占有率
- 繁殖確認・繁殖成功率
- 生存率・加入率
- 個体群トレンド
(5) 保全上の重要性
- 国内レッドリスト
- IUCNレッドリスト
- STAR
- 保護地域・OECMとの重複
- Key Biodiversity Areas等との位置関係
- 地域固有性
(6) 事業効果
- 事業開始前のベースライン
- 事業を実施しなかった場合の将来状態
- 事業実施後の状態
- 改善量と損失量
- 効果が発現するまでの時間
- 維持管理期間
- 不確実性
推奨される評価の考え方
実務では、次の関係を基本にします。
事業による効果=事業実施後の状態-事業を実施しなかった場合の状態
事業前後の単純比較では、気候、災害、周辺開発、自然遷移など、事業以外の要因が含まれる可能性があります。
可能であれば、介入地点に加えて対照地点を設け、複数年にわたって調査するBACI型の評価も検討します。
最終的には複数指標を組み合わせる
生物多様性には、すべての目的に共通して利用できる単一指標がありません。
そのため、次の4側面を組み合わせることが基本となります。
- 生態系面積
- 生態系の質・機能
- 種・個体群
- 保全上の重要性
必要に応じて、これらに圧力、管理活動、生態系サービス、地域住民への影響などを加えます。
10. 参考文献・更新履歴
国内制度・調査
- 環境省「自然共生サイト」
- 環境省「生物多様性及び生態系サービスの総合評価」
- 環境省「モニタリングサイト1000」
- 環境省「自然環境保全基礎調査」
- 環境省「生物多様性の価値評価に関する検討状況」
- 環境DNA学会「環境DNA調査・実験マニュアル」
- 環境アセスメント学会「HSIモデル公開サイト」
- 日本生態系協会「JHEP認証」
- いきもの共生事業推進協議会「ABINC認証」
- 都市緑化機構「SEGES」
国際指標・手法
- IUCN「Species Threat Abatement and Restoration metric」
- Natural History Museum「Biodiversity Intactness Index」
- GLOBIO「Mean Species Abundance」
- 英国政府「Statutory Biodiversity Metric」
- IUCN Red List of Ecosystems
- GEO BON「Essential Biodiversity Variables」
- 国連「SEEA Ecosystem Accounting」
- CBD「Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework Monitoring Framework」
企業・金融向け手法・枠組み
- CDC Biodiversité「Global Biodiversity Score」
- Iceberg Data Lab「Corporate Biodiversity Footprint」
- Biodiversity Footprint for Financial Institutions
- PBAF
- TNFD「LEAP Guidance」
- Science Based Targets Network
- Capitals Coalition「Natural Capital Protocol」
更新履歴
- 2026年8月:初版作成
- 2026年8月:HEP/HSIの国内適用に関する出典を再確認し、環境アセスメント学会のHSIモデル公開サイトおよび国内適用論文へ修正
- 2026年8月:BFFI、PBF、CBF等のリンクを方法論資料・現行公式ページへ更新
- 2026年8月:国内手法、国際手法、企業・金融向け手法、モニタリング技術、評価枠組みの区分を整理
生物多様性の定量評価では、精緻な単一スコアを求めることよりも、評価目的を明確にし、適切な空間・時間スケールで複数の指標を組み合わせることが重要です。
モデルによる広域評価と現地モニタリングには、それぞれ異なる役割があります。広域モデルで重要地域や影響要因を絞り込み、重要な事業地では種・生息地・生態系機能を現地で確認するという段階的な評価が、実務上有効です。
また、定量評価は一度実施して終了するものではありません。結果を管理計画に反映し、定期的なモニタリングを通じて対策を見直す、順応的管理につなげることが求められます。
