生物多様性クレジットとは?仕組みと企業活用のポイントをわかりやすく解説

生物多様性の保全や自然再生に、民間資金を呼び込む仕組みとして「生物多様性クレジット」が注目されています。

企業がクレジットを購入することで、森林、湿地、草原、沿岸域などの保全・再生プロジェクトに資金を届けられる一方、評価方法や企業が行える主張については、まだ国際的なルール形成の途中です。

本記事では、生物多様性クレジットの仕組み、カーボンクレジットとの違い、企業が活用する際の注意点、日本国内の関連制度について解説します。

目次

  1. 生物多様性クレジットとは
  2. クレジットが発行される仕組み
  3. どのような自然の価値を測るのか
  4. カーボンクレジットとの違い
  5. 生物多様性オフセットとの違い
  6. 企業が購入する目的
  7. 信頼性の高いクレジットの条件
  8. 日本国内の状況
  9. 企業が活用する際の確認事項
  10. まとめ

1. 生物多様性クレジットとは

生物多様性クレジットとは、自然の保全や再生によって生み出された、生物多様性上の成果を一定の方法で測定し、証書や単位として表したものです。「自然クレジット」や「ネイチャークレジット」と呼ばれることもあります。

Biodiversity Credit Alliance(BCA)は、生物多様性クレジットを次の要件を満たす証書として定義しています。

  • 生物多様性へのプラスの成果が測定されている
  • 科学的な証拠に基づいている
  • 成果が一定期間継続する
  • プロジェクトがなければ生じなかった追加的な成果である

つまり、自然保全活動への単なる寄付ではなく、測定され、根拠が確認された自然への成果を表す仕組みです。Biodiversity Credit Alliance「What is a biodiversity credit?」

ただし、現在はクレジットの名称、単位、測定方法が制度ごとに異なります。温室効果ガスのように、世界共通の一単位へ統一されているわけではありません。

2. クレジットが発行される仕組み

一般的な生物多様性クレジットは、次のような流れでつくられます。

段階主な内容
① 対象地域の設定森林、湿地、農地、草原、河川、海域などを特定する
② ベースラインの評価プロジェクトを実施しない場合の自然の状態を推定する
③ 保全・再生活動植生回復、外来種対策、湿地再生、希少種保護などを行う
④ モニタリング生態系や生物種の変化を継続的に測定する
⑤ 検証方法や成果を独立した第三者などが確認する
⑥ クレジット発行確認された成果を一定の単位として登録・発行する
⑦ 購入・利用企業などが購入し、保全への貢献として報告する

プロジェクトには、損なわれた自然を改善する「再生型」と、将来予想される自然の減少を防ぐ「保全型」があります。

保全型では、「クレジットがなくても自然は守られていたのではないか」という問題が生じやすいため、想定される脅威や資金の必要性を明確にする必要があります。

3. どのような自然の価値を測るのか

生物多様性には、生態系、種、遺伝子という複数の側面があります。このため、クレジットの測定方法も制度やプロジェクトによって異なります。

代表的な評価項目は次のとおりです。

評価対象指標の例
生態系の面積再生・保全された森林や湿地の面積
生態系の状態植生構造、在来種の割合、水域の状態
生物種指標種、希少種、在来種の個体数や分布
絶滅リスク絶滅危惧種の生息地や脅威の改善
生息地の連結性分断された森林や水域のつながり
保全管理外来種対策、密猟防止、火災管理などの成果

クレジットの単位には、「1ヘクタールの生息地を一定期間保全した成果」や「対象地域における生物多様性スコアの改善」などが考えられます。

ただし、面積が同じでも、都市の緑地、原生林、干潟、サンゴ礁では生態学的な価値が異なります。異なる場所のクレジットを、完全に同一の商品として扱うことは困難です。

International Advisory Panel on Biodiversity Credits(IAPB)も、生物多様性には地域固有性があるため、世界共通の標準単位へ単純に置き換えることは適切でないとしています。IAPB「Framework for High Integrity Biodiversity Credit Markets」

4. カーボンクレジットとの違い

生物多様性クレジットとカーボンクレジットは、どちらも環境上の成果へ資金を提供する仕組みですが、測定対象が異なります。

比較項目生物多様性クレジットカーボンクレジット
主な目的生態系や生物種の保全・回復温室効果ガスの削減・吸収
一般的な単位制度ごとに異なる通常はCO₂換算1トン
地域性非常に高い比較的共通化しやすい
評価項目面積、状態、種、連結性など複数温室効果ガス量が中心
相互比較難しい比較的行いやすい
市場の成熟度形成の初期段階複数の市場がすでに存在

森林由来のカーボンクレジットには、生物多様性の保全効果が付随することがあります。しかし、炭素を多く吸収する森林が、生物多様性の面でも優れているとは限りません。

例えば、単一樹種による人工林は炭素を吸収しても、地域本来の多様な生物の生息地として十分に機能しない場合があります。

したがって、炭素の吸収量と生物多様性の成果は、それぞれ適切な指標で測定する必要があります。

5. 生物多様性オフセットとの違い

生物多様性クレジットは、必ずしも「オフセット」を意味しません。

オフセットとは、開発などによって生じた自然へのマイナス影響を、別の場所での保全・再生によって埋め合わせる考え方です。一方、クレジットは、自然保全への資金提供や貢献を示す目的でも利用できます。

利用方法内容
貢献型自社の影響と相殺せず、自然回復への資金貢献として利用する
インセッティング型自社の事業地域やサプライチェーン内の自然を改善する
オフセット型自社が残したマイナス影響の補償に利用する

国際的には、まず自然への影響を「回避・最小化・再生」し、それでも残る影響に限って補償を検討する、ミティゲーション・ヒエラルキーが重視されています。

クレジットを購入しただけで、森林破壊や汚染など自社のマイナス影響を帳消しにできるわけではありません。

IAPBは、国境を越えて遠隔地の自然を一律に相殺する国際的なオフセットを支持しておらず、補償を行う場合は、影響を受ける地域に近く、生態学的に同等の自然を対象とするべきだとしています。

6. 企業が購入する目的

企業による主な活用目的には、次のものがあります。

自然保全への資金貢献

保全団体、土地管理者、地域社会などへ資金を届け、自然の維持・回復を支援します。

自社のサプライチェーン強化

農産物、木材、水産物、水資源など、自社が依存する自然資本を保全し、将来の調達リスクを低減します。

ネイチャーポジティブ戦略の実行

自然関連の目標や移行計画に基づき、測定可能な保全活動として組み込みます。

TNFDなどの情報開示

プロジェクトの場所、支援額、自然への成果などを、自社の自然関連戦略やTNFDに沿った情報開示で説明します。

ただし、クレジットの購入を報告するだけでは十分ではありません。自社の事業活動やバリューチェーンとの関係、対象地域を選んだ理由、測定された成果を示すことが重要です。

7. 信頼性の高いクレジットの条件

BCA、IAPB、世界経済フォーラムは、生物多様性クレジット市場の信頼性を確保するための国際原則を公表しています。その中心となるのは、自然への成果、人々への公正性、市場の適切なガバナンスです。World Economic Forum「High-Level Principles to Guide the Biodiversity Credit Market」

クレジットを評価する際は、少なくとも次の項目を確認する必要があります。

追加性

クレジットからの資金がなければ実現しなかった成果かを確認します。法令で義務付けられた保全や、すでに確実に実施される活動をクレジット化していないことが重要です。

耐久性

自然へのプラスの成果が、どのくらいの期間継続するかを確認します。火災、開発、資金不足などで成果が失われるリスクへの対策も必要です。

科学的な測定と検証

基準年、対象範囲、調査方法、指標、測定頻度が明示され、第三者による確認が行われているかを調べます。

二重計上の防止

同じ自然の成果について、複数のクレジットを発行したり、複数の購入者が同じ成果を主張したりしない仕組みが必要です。

リーケージへの対策

対象地域を保全した結果、森林伐採などの悪影響が別の地域へ移動していないかを確認します。

地域社会の権利

先住民族や地域社会の土地・資源に関する権利を尊重し、自由意思による事前の十分な情報に基づく同意(FPIC)を得る必要があります。

公正な利益配分

クレジット収入が、実際に自然を管理する地域住民や保全活動へ適切に還元されることが重要です。

主張の適切性

「自然保全プロジェクトを支援した」という貢献の主張と、「自社の自然への影響を相殺した」という主張は異なります。購入者は、クレジットで証明できる範囲を超えた表現を避ける必要があります。

8. 日本国内の状況

2026年8月時点では、日本国内のあらゆる生態系や業種を対象とした、統一的な生物多様性クレジット制度は確立していません。環境省では、生物多様性の価値評価や、クレジット・オフセットに関する課題の検討が進められています。環境省「生物多様性の価値評価に関する検討会」

関連する国内制度としては「自然共生サイト等に係る支援証明書」があります。

自然共生サイトは、企業の森、里地里山、都市緑地など、生物多様性の保全に資する区域を国が認定する制度です。サイトの維持・向上に必要な金銭的・人的・技術的支援を行った企業などには、環境省から支援証明書が発行されます。

支援証明書は、TNFDに沿った開示やCSR活動の説明に活用できます。環境省「自然共生サイト等に係る支援証明書」

ただし、この支援証明書は、測定された生物多様性の増加量を取引するクレジットと同じものではありません。基本的には、認定サイトに対して支援を実施した事実を公的に証明する制度です。

項目生物多様性クレジット自然共生サイトの支援証明書
主な対象測定・検証された生物多様性の成果認定サイトに対する支援行為
主な機能自然の成果を単位化し、資金を調達する支援した事実を公的に証明する
取引単位制度ごとに設定生物多様性の増加量を表す取引単位ではない
発行主体各クレジット制度・登録機関など環境省
開示への利用プロジェクト内容と主張に応じて利用TNFDやCSRなどで支援実績を説明可能

9. 企業が活用する際の確認事項

生物多様性クレジットを購入する前に、次の点を確認しましょう。

確認項目主な質問
自社の対策購入前に、自社の自然への影響を回避・削減しているか
購入目的貢献、インセッティング、補償のどれに該当するか
対象地域自社の拠点やサプライチェーンとの関係があるか
評価方法何を、どの単位で、どの期間測っているか
ベースラインプロジェクトがない場合との比較が適切か
追加性資金がなければ実現しない成果か
継続性成果を維持する期間と管理体制が明確か
第三者検証独立した審査や現地確認があるか
登録管理所有者、移転、使用済み処理を追跡できるか
地域社会権利尊重、参加、利益配分の仕組みがあるか
情報開示方法、成果、限界、不確実性を説明できるか
購入後自然の変化を継続的に確認できるか

クレジットの価格や発行数だけで比較せず、自然への成果と地域社会への影響を含めて判断することが重要です。

10. まとめ

生物多様性クレジットは、測定・検証された自然へのプラスの成果を証書や単位として表し、自然の保全・再生に民間資金を届ける仕組みです。

一方、生物多様性は場所による違いが大きく、カーボンクレジットのような世界共通単位に単純化することは困難です。評価方法や市場ルール、企業が行える主張についても、現在なお国際的な整備が進められています。

企業が活用する場合は、クレジット購入を自社のマイナス影響を放置する手段にしてはいけません。まず事業活動による影響を回避・削減し、そのうえで自社の拠点やサプライチェーンと関係する地域への貢献を優先することが基本です。

信頼性の高い活用には、追加性、耐久性、科学的測定、第三者検証、二重計上の防止、地域社会の権利と利益配分を確認し、購入目的と成果を正確に開示することが求められます。

参考資料

※本記事は2026年8月26日時点で公表されている情報に基づいています。生物多様性クレジットは制度形成の途中にあるため、実際の購入や情報開示に際しては、各制度の最新版、適用される法令および専門家の確認が必要です。