本資料は、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の枠組み、およびその中核となる評価手法である「LEAPアプローチ」の全体像をまとめたものである。
TNFDは、世界の資金の流れを「ネイチャー・ポジティブ(自然再興)」へと転換させることを目的とした国際的なイニシアティブである。企業や金融機関が自然資本および生物多様性に関する依存関係、インパクト、リスク、機会を適切に評価・開示するための枠組みを提供している。
主な構成要素として、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の構造を踏襲した「4つの柱(ガバナンス、戦略、リスクとインパクトの管理、測定指標とターゲット)」に基づく14の開示提言と、自然関連課題を評価するための統合的なプロセスである「LEAPアプローチ」が提唱されている。LEAPアプローチは、スコーピングを経て、発見(Locate)、診断(Evaluate)、評価(Assess)、準備(Prepare)の4ステップで構成され、組織が科学的根拠に基づいた透明性の高い情報開示を行うための有効な手段として位置付けられている。
1. TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の概要
1.1 設立の背景と目的
TNFDは、2021年6月に正式に設立された国際的な枠組みである。気候変動(TCFD)に続き、生物多様性の喪失が経済に与えるリスクへの懸念が高まったことが背景にある。
- 現状の危機感: 過去50年間で生物多様性は68%喪失しており、世界全体のGDPの半分以上が自然に依存していると指摘されている。
- 中心的目標: 自然環境に負の影響を与える資金の流れを、良い影響を与える流れに転換する「ネイチャー・ポジティブ」の実現を目指す。
- 機能: 企業が取締役会や経営レベルでの戦略・リスク管理に利用できる高品質な情報を提供し、投資家による資本配分や資産評価の意志決定を向上させる。
1.2 TNFDの開示フレームワーク(4つの柱)
TNFDは、TCFDと一貫性を持たせるため、以下の4つの柱に基づき、計14の開示推奨事項を構成している。
| 柱 | 開示の目的・内容 |
|---|---|
| ガバナンス | 自然関連の依存、インパクト、リスク、機会に関する組織のガバナンス体制(取締役会の監督、経営者の役割、人権方針、ステークホルダーとのエンゲージメント等)。 |
| 戦略 | 組織のビジネスモデル、戦略、財務計画に対する実際および潜在的なインパクト。短期・中期・長期の影響や戦略のレジリエンス、優先地域の資産・活動の特定。 |
| リスクとインパクトの管理 | 組織が自然関連課題を特定、評価、優先付け、監視するために使用するプロセス。直接操業および上流・下流のバリューチェーンを含む。 |
| 測定指標とターゲット | 自然関連課題を評価・管理するために使用する具体的な測定指標と、それらに照らした組織のパフォーマンス(目標・成果)。 |
2. LEAPアプローチの構造と各フェーズ
LEAPアプローチは、TNFDが推奨する自然関連課題の評価のための統合的プロセスである。実施は必須ではないが、パイロットテストの結果からもその有効性が確認されている。
2.1 スコーピング(Scoping)
LEAPの本格的なステップに入る前の準備段階であり、経営層とプロジェクトチーム間で目標やリソースを調整する。
- 目的: 潜在的な自然関連の依存、インパクト、リスク、機会に関する仮説を立て、評価のパラメータ(セクター、活動、バリューチェーン、地域等)を定義する。
- 要点: 最初の調査に過度な時間や資源を投入せず、素早くハイレベルなスキャンを行うことが推奨される。
2.2 各ステップのプロセス
| ステップ | 呼称 | 主要な検討項目・成果 |
|---|---|---|
| Locate | 発見する | 自然との接点の特定: ビジネスモデルとバリューチェーンの範囲(L1)、依存・インパクトのスクリーニング(L2)、自然との接点(L3)、影響を受けやすい地域との接点(L4)を確認する。 |
| Evaluate | 診断する | 依存とインパクトの把握: 環境資産、生態系サービス、インパクトドライバーの特定(E1)、特定された項目の依存・インパクトの測定(E2/E3)、重要性の評価(E4)を行う。 |
| Assess | 評価する | リスクと機会の分析: リスクと機会の特定(A1)、既存管理プロセスとの調整(A2)、測定と優先順位付け(A3)、重要性の評価(A4)を通じて、開示対象を絞り込む。 |
| Prepare | 準備する | 対応と報告: 戦略とリソース配分計画(P1)、ターゲット設定とパフォーマンス管理(P2)、報告書の作成(P3)、公表(P4)を行う。 |
3. 分析に用いるデータの基準
分析精度を高めるため、データの質に関する具体的な指針が示されている。
3.1 一次データと二次データ
- 一次データ(直接測定): 原材料消費量、現場レベルのサンプリングデータなど、直接収集されたデータ。最も望ましいとされる。
- 二次データ(プロキシデータ): 公表された文献やモデル化されたデータ。初期段階の推定には有効だが、徐々に精度を上げることが求められる。
3.2 二次データの評価基準(5つの基準)
二次データを使用する場合、以下の基準に基づいてその妥当性を評価すべきとされる。
- 具体性: その問題や場所に特化したものであること。
- 測定可能: 科学的に検証され、対象との関係が確立されていること。
- 野心的: 査読を受けた信頼できる、可能な限り野心的なソースを採用すること。
- 現実的: 直接測定と比較した際の限界(プロキシデータの制約)を認識・理解すること。
- 時間的制約: データが当該期間に関連しており、定期的に更新されていること。
4. 期待される成果と組織への影響
TNFDおよびLEAPアプローチの導入により、組織は以下の成果を得ることが期待される。
- 透明性の向上: 自然関連リスクと機会が可視化され、投資家やステークホルダーに対する説明責任が果たされる。
- ビジネスモデルの再構築: 自然への依存度やインパクトを把握することで、より持続可能なビジネスモデルやソリューションの選択が可能となる。
- ガバナンスの強化: 評価結果を戦略、財務計画、リスク管理プロセスに統合することで、組織全体のレジリエンスが強化される。
- ネイチャー・ポジティブへの貢献: 自社の活動を通じ、生態系や自然資本の回復を後押しする経済循環の一翼を担うことができる。
