自然関連財務情報開示と移行計画

グローバルな生物多様性目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」の採択を受け、金融機関にはネイチャーポジティブ(自然再興)経済への移行を支える役割が強く求められている。特にターゲット15は、大企業や金融機関による自然関連リスク、依存、影響の評価・開示を明示的に求めている。

  • 制度の進展: ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークを重要な参照先とし、2026年までに自然関連の開示基準を策定する予定である。
  • LEAPアプローチの活用: 金融機関は、LEAPアプローチ(Locate:発見、Evaluate:診断、Assess:評価、Prepare:準備)を用いて、投融資ポートフォリオにおける自然との接点を特定する必要がある。
  • 移行計画(Nature Transition Plan): 単なるリスク管理を超え、2030年までの生物多様性損失の阻止と回復に向けた具体的な行動、資金配分、ガバナンスを体系化する計画策定が重要となる。
  • データとツールの活用: ENCORE等の外部ツールや、Bloomberg、MSCI、S&P Global等のデータプロバイダーの特性を理解し、段階的に分析の精度を高めることが求められる。

1. ネイチャーポジティブ経済への移行と金融機関の役割

1.1 背景と国際的な枠組み

2022年12月のCOP15で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」は、2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せることを目指している。

  • ターゲット15: 金融機関に対し、生物多様性に係るリスク、依存、影響の評価・開示を求めている。
  • 国内動向: 環境省等による「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」(2024年)や、金融庁の「地域金融力強化プラン」(2025年)により、地域金融機関による地域企業の価値向上や課題解決への貢献が期待されている。

1.2 気候変動と自然資本の相互作用

「気候・自然ネクサス(Climate-Nature Nexus)」の考えに基づき、気候変動と自然資本の喪失は相互に作用するため、これらを統合的に分析・対応することが不可欠である。

2. 自然関連情報開示の国際基準とフレームワーク

2.1 ISSBによる基準策定の動向

ISSBは、気候関連開示(IFRS S2)に続き、生物多様性・生態系・生態系サービス(BEES)に関する基準策定を進めている。

  • 2026年10月まで: 自然関連のリスク・機会に関する開示基準の公開草案を作成予定。
  • TNFDとの関係: ISSBはTNFDのLEAPアプローチや用語を重要な参照先として位置づけている。

2.2 主要なフレームワーク・基準の比較

自然関連の評価・開示には複数の基準が存在し、目的や対象に応じて使い分ける必要がある。

フレームワーク/基準種類マテリアリティの概念特徴
TNFDリスク管理・開示柔軟(財務・インパクト)LEAPアプローチを提唱。金融機関向け追加ガイダンスあり。
ISSB財務開示基準財務マテリアリティ投資家意思決定に資する情報の比較可能性を重視。
GRIサステナビリティ報告インパクトマテリアリティ組織が自然や社会に与える影響を重視。
ESRS報告基準(欧州)ダブルマテリアリティEUのCSRD対象企業に適用。法的拘束力を持つ。
SBTN目標設定ガイダンスインパクトマテリアリティ科学的根拠に基づく目標設定(SBT)の自然版。

3. ポートフォリオにおける自然関連情報分析(LEAPアプローチ)

金融機関は、自組織の直接操業よりも、バリューチェーン下流(投融資ポートフォリオ)における依存・インパクトが大きい。

3.1 Locate(発見)フェーズのステップ

自然との接点を把握するため、以下のプロセスが推奨される。

  • STEP 1: 分析対象範囲の決定
    • 法人向け融資、会社株式・負債、プロジェクトファイナンス資産などが主な対象。
  • STEP 2: ヒートマップの作成
    • セクター別の自然への依存・インパクトを可視化する。
  • STEP 3: 優先セクターの特定
    • 融資残高、地域内の重要性、ステークホルダーとの関係、行政計画との整合性に基づき、詳細分析を行うセクターを絞り込む。

3.2 スコープ設定における留意点

分析開始前に、マテリアルな自然関連の依存・インパクトがどこにあるかの「作業仮説」を立て、組織内のリソース(人材、データ、予算)との整合性を確認することが重要である。

4. ポートフォリオの評価とデータ活用

4.1 実務上の障壁

  • 個社評価の積み上げだけでは、地域集中によるシステムリスクを捉えにくい。
  • 企業の拠点情報(アセットロケーション)が不足している。
  • 産業平均モデルへの依存により、企業固有の取組が反映されにくい。

4.2 レスポンス指標の活用

直接的なインパクトの測定が困難な場合、企業の管理状況を示す「レスポンス指標」を補完的に用いる。

  • 例: DCF(森林破壊・生態系転換を伴わない)調達に取り組む企業への融資比率、水資源管理目標を持つ企業数など。

4.3 データプロバイダーの比較

プロバイダー強み注意点
Bloomberg企業の実開示値に基づく高い信頼性。開示不足項目の欠損、カバレッジの狭さ。
MSCI推計モデルによる圧倒的な網羅性。推計手法の不透明性(ブラックボックス化)。
S&P Global実開示と推計のバランス、ESGスコアとの一貫性。TNFD指標との整合性が相対的に弱い。

5. 自然移行計画(Nature Transition Plan)

5.1 移行計画の定義と目的

組織の全体戦略の一部として、2030年までの自然損失停止と2050年の回復に向けたゴール、行動、リソース配分、責任の所在を体系化したもの。

5.2 5つの構成要素

  • 基盤 (Foundation): フレームワーク、優先事項、移行資金調達戦略。
  • 実施戦略 (Implementation Strategy): 事業計画、製品、財務計画との整合。
  • 関与戦略 (Engagement Strategy): バリューチェーン、産業界、政府、地域社会との協力。
  • 指標と目標 (Metrics and Targets): 依存・インパクト、実行状況の測定。
  • ガバナンス (Governance): 取締役会の監督、組織文化、インセンティブ。

5.3 移行資金調達の4つのアプローチ

金融機関は以下の戦略を通じて、資金配分の方向性を検討する。

  • ソリューション支援: 生態系再生や自然ベースの解決策(NbS)への直接的な資金配分。
  • 移行中の組織支援: ビジネスモデル転換を進める組織への支援。
  • 取組を約束する組織支援: 初期段階のコミットメントを行う組織へのエンゲージメント。
  • 段階的廃止の管理: 自然に重大な負の影響を与える活動からの撤退・転換支援。

6. 分析ツール:ENCOREの活用

ENCORE(Exploring Natural Capital Opportunities, Risks and Exposure)は、経済活動の自然への依存・インパクトを可視化する主要ツールである。

2024年7月のアップデートによる主な変更点:

  • 詳細化: ISIC(国際標準産業分類)に基づく271の経済活動に対応。
  • 整合性: 国連の環境経済会計システム(SEEA EA)と整合し、文化的サービスを追加。
  • 科学的根拠: 最新の科学的研究に基づき、依存・インパクトのデータやマテリアリティ評価手法を刷新。
  • バリューチェーン: 大分類レベルでの依存・インパクト関係の確認が可能。

金融機関は、自組織の融資ポートフォリオ(GICS等)をENCOREの分類とマッピングすることで、セクター別の自然関連リスク・機会を効率的に把握できる。

参考: https://www.env.go.jp/content/000390114.pdf